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『讃歌』

『女たちのジハード』で直木賞受賞。ジャンルの壁を越え、みっちりと実のつまった力作を精力的に生み出し続ける著者の最新作。無名の音楽家を扱ったTVドキュメントは「事実」か「ヤラセ」か?

執筆者:梅村 千恵


『讃歌』
無名の音楽家の演奏に感動した男が制作したTVドキュメントをきっかけに、彼女は一躍スターに。だが・・・TV・音楽業界を舞台に「感動」の正体に迫る

『讃歌』
・篠田節子(著)
・価格:1785円(税込)


■「○○系」という安易なカテゴライズを拒否する懐の深さ。著者の力量に改めて瞠目

 みっちりと実が詰まって、かつ骨のあるエンタメ作品を次々と生み出している著者の最新作。多彩な彼女の著作群の中では、系列的には『ハルモニア』『マエステロ』などに続く「音楽もの」。だけど、けっして「○○モノ」「○○系」などと簡単にカテゴライズできるような、チャッチイ作品ではありません!

 テレビ製作会社に勤める小野は、仕事で知り合ったレコード会社の社長から紹介され、ある女性によるヴィオラ演奏を聴く。女性奏者の名は、柳原園子。四十歳を過ぎた地味な中年女性である彼女の弾くヴィオラの音色は、小野の全身を捉え、胸に響き、その感動は涙となってあふれ出る。天才だ。埋もれた天才だ――そう確信する小野。そして、彼は、園子のあまりに不幸な音楽人生を知る。
 「天才少女ヴィオリニスト」としてもてはやされた園子は、アメリカの音楽院に留学するが挫折、自殺未遂。その後遺症によって何年も寝たきりで過ごし後、人生も半ばを過ぎてから「ヴィオラ」という楽器と運命的な出会いを果たしたのだった。彼女の人生を追ったTVドキュメントを企画する小野。さまざまな制約に出逢いながらも、ドキュメントは日の目を見、大成功を収める。小野と同様、園子の音楽は多くの人の心をとらえ、彼女は一躍スターとなる。
 だが、彼女の奏法に関する痛烈なバッシングも巻き起こる。やがて「反・園子派」は、小野たちが制作した番組が見落としていたいくつかの事実をつきつけてくる。巻き起こる「ヤラセ疑惑」。自分自身が味わった「感動」と、それを伝えるという仕事に間に歴然といくつかの「意図」や「創作」があったことを改めて実感し、苦しむ小野。
 そんな中で、園子がとった意外な行動とは?小野が突き止めた「真実」とは?
■「泣ける」「感動作」ってカンタンに言っちゃっていいの?「純粋」な「感動」ってあるの?
 
本作を読んで、某女性ピアニストがTVでとりあげられ狂騒とも言える人気になったケースを思い起こした人もいるだろう。モデル小説、社会派小説であると同時に、華やぎのあるエンターテイメント小説でもあり、登場人物をめぐる「真実」を探るという意味合いではミステリーでもある。篠田節子という作家の懐の深さ、力量の大きさを見せつけるような作品であると言える。

 さまざまな読み方を許容する作品だが、私は、まず、こう想像した。著者は、たとえば、文芸界における「泣ける感動作」流行に多いに疑義を感じているのではあるまいか、と。

 本作の帯には、「感動の正体とは?」という言葉が冠されているが、読み終わってつくづく、「感動」とはきわめて多義的なものだと思う。
音楽にしろ、文学にしろ、絵画にしろ、映像にしろ、ある人が、なんらかの 作品に「感動」したとしよう。よく「純粋に感動した」などというが、「純粋な感動」というものがありえるのだろうか?

 そのものに触れ、「感動した」ということは、明白に「事実」である。だが、その人が人間として持っている本能のみによって支えられているのではけっしてない。「感動」の理由、背景には、彼が、今まで、接してきた、今、接している、さまざまな「情報」があるのだ。この場合、「今まで接してきた情報」という言葉は、生活背景、文化と言い換えてよいだろう。「今、接している情報」は、メディアによって間断なく流される情報と言い換えてもよいだろう。当然、これらの情報が異なれば、「感動」も異なる。本作にとりあげられているクラシック音楽の「感動」が、ヨーロッパ文化に接してきた人と日本人とでは異なるように・・・。

 極言すれば、「純粋な感動」なんてありえないのだ。
 では、本作に著者が込めたメッセージは、「感動は、人それぞれ。他人に押し付けるものでない」というようなものか?

 まさか!
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