文章:中野 豊(All About「名作映画」旧ガイド)
今、みなさんがお好みの「イケメン」ハリウッドスターは誰でしょうか。個性的なジョニー・デップ、野性味溢れるブラッド・ピット、優男オーランド・ブルーム、美形のキアヌ・リーブス……。レオナルド・ディカプリオは少しムッチリしてきましたけど、やっぱりカッコいいですか?
さて今回は、ご好評をいただいた「ヨーロッパ映画のイケメンたち」に続きましてアメリカ映画から、時間をリバースして往年のハリウッドスターのイケメン4人を紹介します。トップバッターはこの青春スターからです。
永遠の輝きを放つ彗星
ジェームズ・ディーン
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永遠の青春スター、ジェームズ・ディーン イラスト:Koji Shiga |
1931年インディアナ州に生まれたジェームズ・ディーン(愛称ジミー)は母親を9歳の時になくし、父親の姉夫婦に育てられました。少年時代は決して恵まれたものではなかったのですが、それが演技における若者の寂しさ、孤独に表れて、若い観客に共感を呼びます。
1954年エリア・カザン監督の『エデンの東』に主演し、翌年封切られると、たちまち世界中の若者に爆発的な人気を博し、続く『理由なき反抗』に主演、ハリウッドの雰囲気に馴染めず撮影直前に失踪騒ぎを起こしたりしました。
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『エデンの東』のジェームズ・ディーン イラスト:Koji Shiga |
続いて出演した作品、エリザベス・テイラー、ロック・ハドソンとの共演作『ジャイアンツ』の完成間近の1955年9月30日に愛車のポルシェ・スパイダーでカリフォルニアの路上を走行中に他車と激突、24歳の若さでこの世を去りました。
たったの一年間だけハリウッドの星となったジミー! 彼が生きていたら、その後のハリウッド映画にどれだけの影響を与えたか計り知れません。
【関連リンク】
ジェームズ・ディーン出演
『エデンの東』『理由なき反抗』『ジャイアンツ』時代を滑走した天才アクター
モンゴメリー・クリフト
1920年、ネブラスカ州オマハ生まれ。13歳でブロードウェイで初舞台を踏み多くの作品で主演を演じました。天才少年のほまれ高く、映画界入りまでをニューヨークで過ごします。
1948年、ジョン・ウェイン主演の『赤い河』で映画デビュー。同年の『山河遥かなり』でアカデミー賞にノミネートされます。その後、『陽のあたる場所』、『地上より永遠に(ここよりとわに)』と三たびアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされ、演技派二枚目俳優として大活躍します。
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『陽のあたる場所』のモンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラー イラスト:Koji Shiga |
映画スタジオとの長期契約を結ばず、大作や話題作への出演も断ることが多かった彼は、ジェームズ・ディーン主演で映画化された『エデンの東』、マーロン・ブランドの
『波止場』、ウィリアム・ホールデンの
『サンセット大通り』など、現在では名作映画の名を欲しいままにしている作品の出演依頼をことごとく拒否しました。
1950年頃から大腸炎などの病魔に襲われ、逃避するかのようにアルコールとドラッグに溺れだし、更に1956年に交通事故に遭い顔面を負傷。16万ドルの映画出演依頼を断り、週給100ドルの映画に出演したり、ロケ先で裸で歩いたりとの奇行も伝えられました。原因はエリザベス・テイラーへの失恋との噂です。しかし、1959年にはテネシー・ウィリアムズの戯曲の映画化『去年の夏 突然に』、1961年にはマリリン・モンロー、クラーク・ゲイブル主演の『荒馬と女』に出演と完全復活。ノーギャラで出演した『ニュールンベルグ裁判』でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、その後の活躍も期待されましたが1966年、心臓発作で死去しました。
【関連リンク】
モンゴメリー・クリフト出演
『赤い河』『山河遥かなり』『陽のあたる場所』『地上より永遠に』『去年の夏 突然に』『ニュールンベルグ裁判』次ページではロバート・テイラー、クラーク・ゲーブルを紹介しましょう!