文章:田中 徹夫(All About「Soul・R&B・HIP-HOP」旧ガイド)
(6)[ BOBBY BROWN ]

さて時は80年代も残り僅かな最後半。それは友人の一言から始まった。
「ところでボビー・ブラウンって知ってる?」
その頃、音楽の情報ソースはTVからラジオへの変換期(音楽専門チャンネル≪J-WAVE≫の開局を皮切りに音楽フリークはこぞってラジオに耳を傾けるようになった)を迎えつつも、以前のTVチェックと同じようチャート番組のエア・チェックは欠かす事無く続けていたのでニュー・エディションの存在は明らかに知っていたし、またそのメンバーであった彼についてはピンとくるものはあったのですが。
(実はこの頃、ガイドはロックやジャズなど別の音楽に傾倒していて、ソウル(R&B)からはちょっと遠ざかっており、よって彼に関して初めから注目していた訳ではなかったんですね。)
で、それをきっかけに何となく彼を意識し始めてまもなく、あれよあれよと彼の名前がどんどん有名になっていき、社会的な大事件に繋がってしまったのです。
そう、いわゆる≪ボビ男君シンドローム≫が巻き起こったのです。
~~~
リーゼントを斜めにしたようなモッコリと尖った変なヘアスタイル(またはなぜか斜めに傷のような筋を切り込んであったり。確かガンビー・カットって呼ばれていた)をした不思議な彼ではありましたが、歌は上手い、ルックスは良い、そして何よりダンスが巧い、という事も手伝ってかアルバム『DON'T BE CRUEL』収録の“Don't Be Cruel”“My Prerogative”“Every Little Step”と3曲連続大ヒットを飛ばし、まさに時代の寵児、新時代のニュー・ヒーローと祭り上げられたのであります。
そしてその彼の出現をきっかけに巻き起こった音楽以外でのムーヴメントが≪ストリート・ダンス・ブーム≫。
例えばここ日本では何と言っても、日本テレビ系『天才たけしの元気が出るテレビ』中での≪ダンス甲子園≫(今や国内本格派R&Bデュオに成長したLL BROTHERSもここ出身)というコーナーの爆発的大ヒット。
高校生ダンサー達が、各々のアイデアを持ち寄り<ストリート・ダンス>を披露し技術を競い合う、という単純明快なコーナーでありまして、僕も含め世の若者の多くはそのコーナーに熱いまなざしを送り、仲間内では常にその話題で持ちきりになった程、もの凄い人気を誇っておりました。
そのうち、それら<ボビ男君>達は、その番組及び音楽シーンを飛び越え世間一般に蔓延し、≪ボビー・ブラウンというキャラクター≫を基軸に音楽、ダンス、ファッションなど、一つの大きなカルチャーを作り出した。
そしてそれは世の全ての同世代の男性に飛び火し、挙って彼を模倣するという社会現象にまで発展したのです...。
~~~
(次ページに続く)