●歌舞伎の可能性に挑戦し続ける。さて勘九郎が、勘三郎襲名の抱負を語る。
「今日もね、勘三郎勘三郎っていうから、うちの死んだオヤジの追善の発表かと思ったりね(笑)。でも勘九郎っていう名前で45年間やってきて、勘三郎の名前では・・・さすがにそんなにできないと思いますが(笑)、でもその45年に負けないよう頑張りたい。歌舞伎の可能性をもっと追求し続けたいですよ。」
--勘三郎が生きていたらなんというだろう?
「いや、息子に勘三郎って名をつけようかと思ったことがあるんですよ。で『勘三郎!勘三郎!』って叱ってやろうかと(笑)。でもオヤジに仏間に連れて行かれて真剣に叱られた。うちのオヤジをほんとに好きだったから、いい『勘三郎』にしたい!と思います」
--24年前の結婚披露宴と同じ月同じ日、そして同じオークラでの記者発表となったが・・・。
「いや、うちの女房がさ、ここがいいんじゃないっていうから。本格的な(挨拶などの襲名披露の)準備はまだまだこれからです。私、(襲名披露興行は)初めてですから、何も分からないんです」
--平成中村座やコクーン歌舞伎のようなチャレンジは今後も?
「もちろん!勘九郎時代のチャレンジ精神は勘三郎になってももっともっと続けますよ。演目に『研辰』を入れたのもそのつもり」
「ポスターもね、暑かったよ、撮影が。ポスター見て、『この人はまだこんなバカなことやるんだな』って思ってほしい。まだまだこれから。生きている作家に歌舞伎を書いてほしいし。野田(秀樹)さんにはせめて五月までは死んでもらいたくないね(笑)」
 |
| 記者会見で配られたプレスリリース資料。 |
(以下、「待ってました!勘三郎誕生2」に続く)