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更新日:2001年08月13日

ジャニーズの歴史を振り返る Part III SMAPの台頭

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いまや“国民的タレント”という称号を得て、過去数十年にわたって業績を積み重ねてきたジャニーズタレントの一つの最終形態として完成されたのは、まぎれもなくSMAPだ。

文章:小島 聡(All About「アイドル・タレント」旧ガイド)

いまや“国民的タレント”という称号を得て、過去数十年にわたって業績を積み重ねてきたジャニーズタレントの一つの最終形態として完成されたのは、まぎれもなくSMAPだ。

これは疑いようのない事実。彼らの行動のひとつひとつが芸能界に大きく影響する。ドラマ・お笑い・CMと、もし仮にSMAPが居なかったら……明らかに私達の視野、メディア世界は一変していたはずだ。その時代、時代に芸能世界の中心となる流行がある。例えば、70年代、ドラマを中心とした流れ、80年代歌番組・お笑い番組、など常にその時代の中心となる流れ。現在ではその枠組みの大きな流れにジャニーズというひとつの芸能事務所がトレンドとなった。

SMAPは当時絶頂の光GENJIのバックで顔を売りながらドラマや特番に出演しはじめるが、1992年の夢がMORIMORIが彼らの原点だというのが妥当な見方だろう。

夢がMORIMORIは、森口博子、森脇健二の両者が、実にうまく彼らの魅力を引き出していた。特に、森口がSMAPの発展に寄与した功績は大きい。茶化したり、本音のトークを展開してみたりと大人から子供まで安心してみることのできる番組であった。また、夢がMORIMORIを基本としたコンサートやビデオなども発売し、SMAPの長期にわたる活動の発射台となっている。現在のSMAPの形がここに凝縮されているのだ。

1993年から木村拓哉はフジのドラマ『あすなろ白書』、中居正広はラジオ、オールナイトニッポンのパーソナリティをつとめるなどメジャーな流れへと一気に加速。

94年には木村拓哉がベストジーニスト賞、アンアンのかっこいい男第1位など、現在の木村拓哉の原形がみられるようになり、SMAPとしても紅白への出場を果たす。95年、中居、サンデージャングルの司会、香取慎吾フジ『未成年』、稲垣吾郎フジ『BLACK OUT』など各メンバーのドラマ出演が相次ぎ、中居テレ朝『味いちもんめ』、96年木村フジ『ロングバケーション』そしてメンバー全員参加のSMAP×SMAPへとつながっていく。

(執筆者:小島 聡)

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