世界遺産/中国の世界遺産

九寨溝:万華鏡のような色彩で魅せる中国の水景王

「九寨溝(きゅうさいこう)を見てしまったら他の景色など見れない」と称賛される絶景はその美しさから、山の女神の鏡が砕けて湖沼となったとの伝説を伝えている。特筆すべきはその色彩で、信じがたい彩度を誇る青は太陽の角度によって色合いを変え、木々の緑や紅葉の赤、雲の白と相まって万華鏡のように変化する。今回はその歴史から構造・気候・見どころ・行き方まで、世界遺産「九寨溝の渓谷の景観と歴史地域」を紹介する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

妖精の万華鏡が織りなす奇跡の色彩 九寨溝

九寨溝、箭竹瀑布

箭竹海をあふれ出した清涼な水が幅150メートルにわたって落下する箭竹瀑布

中国は明の時代、地理学者・徐霞客はこういった。「五岳より帰りて山を見ることなし、黄山より帰りて岳を見ることなし」。現在中国ではこんなことがいわれているという。「黄山より帰りて山を見ることなし、九寨溝より帰りて水を見ることなし」(黄山を見てしまったら他の山は見る価値がない、九寨溝を見てしまったら他の水景は見る価値がない)。

これ以外にも「童話世界」「水景王」など数々の異名を持ち、九寨溝六絶(翠海=ヒスイのような色の湖、畳瀑=折り重なる滝、彩林=色とりどりの木々、雪峰=雪を冠した峰々、藏情=チベット族の人々、藍氷=藍色に輝く氷)は生涯一度は見たい絶景とされている。

今回は、岷山(みんざん)山脈に抱かれたチベットの秘境、中国の世界遺産「九寨溝(きゅうさいこう)の渓谷の景観と歴史地域」をご紹介する。なお、掲載の写真はすべて2017年の地震以前のもの。

チベット族に伝わる精霊と鏡の伝説

九寨溝、老虎海

信じがたい色彩を誇る老虎海の青。高い透明度や水中の炭酸カルシウム・炭酸塩・石灰華・藻類、木々や雲・雪峰など多彩な影響による

九寨溝はもともと9つの村(寨)がある渓谷(溝)という意味で、九寨は樹正寨、則査窪寨、黒角寨、荷叶寨、盤亜寨、亜拉寨、尖盤寨、熱西寨、郭都寨の9村を示す。これらの村で暮らすチベット族の人々は農業や放牧を行ってつつましやかに暮らしていた。彼らは九寨溝のあまりに美しい色彩からこんな伝説を伝えてきた。

昔々この深い山にある鏡岩と呼ばれる断崖絶壁に、ひとりの美しい妖精が住んでいた。あるとき悪魔がこの妖精に目をつけて、以来1000年の間つきまとい続けた。

山の女神は太陽や雲で作った鏡によって悪魔を封じようとするが、争っている最中に鏡は山の中に落ちて砕けてしまう。その破片は100以上に分かれて山を彩り、九寨溝の美しい湖沼になったという。

人知を超えた奇跡の色彩

九寨溝、五彩池

独特の青が美しい五彩池。114ある湖はそれぞれ色が違ううえ、季節や時間・天気で刻一刻その色を変える

朝方、九寨溝は深い霧に包まれて、山の墨色、雲の白、湖の深い紺色が美しいモノトーンを描いて中国の山水画そのままの姿を見せる。太陽が昇ると霧は晴れていき、湖面は次第に紺から藍、藍から青へ、青からスカイブルーへ、やがてエメラルドグリーンや緑、夕方になると黄からピンク、橙、赤へと色彩を変える。

九寨溝には114の湖、47の泉、17の滝、5つの湿地があるというが、水の景色は周囲の緑や水深・水質によってもその姿を変え、時おり雲が差したり無数の魚が移動するだけでも色彩は変化する。千変万化するその姿はまさに妖精が落とした万華鏡。言葉を尽くしても語れぬその色彩の不思議さに、人知を超えた美を感じずにはいられない。

それはいつの時代のどこの誰が見ても美しく、まさしく「普遍」の存在。それはただその場の空気に触れ、色彩に身を委ね、木々の香りを味わい、自然の営みの音を聴くだけで感じ取れるもの。

九寨溝を紹介しておきながらなんだけど、もし大切な人を連れて行くのなら、知識も持たせず写真も見せず、いきなりこの場所を訪れて歩き回り、その色彩をピュアに、ダイレクトに感じさせたい。そんな世界遺産が九寨溝だ。 

億の年月と大自然の日々の活動が生み出す造形美

九寨溝、孔雀河道

孔雀河道。倒れた木々に引っかかった枝や種はそこから根を張り、浮島となって繁茂する。やがて浮島が集まって島を作り、新たな景観を作り出していく

標高2000~4800メートルに及ぶ岷山山脈に位置する九寨溝。針葉樹林から草原、森林限界を超えて万年雪をたたえる雪峰まで、山中には多くの自然環境を有し、そこに数多くの動物たちが暮らしている。

特に有名なのがジャイアントパンダ(IUCNレッドリスト危急種)やゴールデンモンキー(キンシコウ。同絶滅危惧種)で、しばしばパンダが目撃された熊猫(パンダ)海などもあり、絶滅が恐れられている彼らの貴重な保護区になっている。
九寨溝、五花海

その名の通り花畑のような多彩な色彩を放つ五花海。色彩的に、黄葉&紅葉の秋はまさにベストシーズン

九寨溝の特徴はなんといっても水だ。あの不思議な色はいったいどこからくるのだろう?

約4億年前、この地域は海の中にあり、サンゴ礁をはじめとする生物の死骸が堆積して石灰岩層となる。ヒマラヤ山脈の造山活動により隆起をはじめ、やがて岷山山脈へと成長した。

300万~200万年前の氷河時代、氷河が著しく発達して山々を削り、深い渓谷を形成し、数々の氷河湖を生み出した。大まかな地形はこの時代に形成されている。
美しい倒木

美しい倒木。湖沼の水源は主に地下水で、五彩池と長海のように地下で結ばれている湖もある

石灰岩を主とするカルスト台地は水に溶けやすい地質を生み出した。このため降った雨はすばやく地中に浸透し、水中に多量の炭酸カルシウムを供給する。九寨溝の水はほとんど湖の底から湧き出す地下水だが、ただでさえ濾過(ろか)された地下水はキレイであるのに、炭酸カルシウムはチリやホコリと結びついて沈殿し、透明度を上げている。

こうして炭酸カルシウムと結びついた樹氷のような「石灰華」は倒木などに付着して、さらに水中の炭酸カルシウムが結晶化して天然の棚田を造り、水をせき止める。やがて棚田は湖へと成長し、湖の岸から流れ落ちる水が滝となって森林を彩っていく。

九寨溝の歩き方とその見どころ

九寨溝、樹正瀑布

森の中を流れる樹正瀑布。数メートルから25メートルまで、数千の水の筋が広がっている

まずは世界遺産「九寨溝の渓谷の景観と歴史地域」の位置と資産(登録範囲)を地図上で確認してみよう。

世界遺産「九寨溝の渓谷の景観と歴史地域」資産(Googleマップ)

上のような広大な地域を登録しているわけだが、観光客が訪ねるのは主に樹正溝(じゅせいこう)、則査窪溝(そくさわこう)、日則溝(じっそくこう)という3つの渓谷(溝)だ。ちょうど「Y」を逆さにしたような形で、Y字の下の棒部分が北に位置する樹正溝、そこから東の則査窪溝と西の日則溝に分かれるイメージだ。Y字全体で全長約60キロメートルとなっている。

この3地域と扎如寺から東に延びる扎如溝の主な見どころを列挙してみよう。おおよそ北から南に記している。

■主な見どころ
  • 扎如溝:宝鏡岩、扎如寺
  • 樹正溝:盆景灘、芦葦海、火花海、双龍海、臥龍海、樹正群海、樹正瀑布、老虎海、犀牛海
  • 則査窪溝:下季節海、上季節海、五彩池、長海
  • 日則溝:諾日朗瀑布、鏡海、珍珠灘瀑布、珍珠灘、孔雀河道、五花海、熊猫瀑布、熊猫海、箭竹瀑布、箭竹海、天鵞海、芳草海、剣岩、原始森林
九寨溝の倒木

冷たい地下水と炭酸カルシウムのおかげで不純物が少なく透明度が高いため、倒木は腐らずその姿をいつまでも水面下に留めている

3地域内は電気自動車のグリーンバスが行き来しており、バスチケットを購入すれば何度でも乗降できる。バスに乗ったり徒歩で移動しながら観光を行うことになる。九寨溝の公式サイトで掲載しているオススメルートを紹介しておこう。エントランス側は混むので奥から攻めている。ただ、かなりあわただしいので、できれば午前と午後を2日に分けたいところではある。

■九寨溝公式サイトのオススメルート
  • 午前:日則溝の原始森林へバス移動(約1時間)→芳草海~諾日朗瀑布をバス&徒歩で見学
  • 昼:諾日朗で食事
  • 午後:則査窪溝の長海へバス移動(約30分)→長海、五彩池を徒歩で見学して樹正溝の犀牛海へバス移動(約30分)→犀牛海~盆景灘をバス&徒歩で見学
九寨溝のシーズン・営業時間は以下のようになっている。この辺りは変わりやすいでリンクを張った公式サイト等で最新情報を確認のこと。冬は名所の一部が閉鎖されることがある。

■九寨溝の営業について
・シーズンのピークとオフピーク
   ピーク:4月1日~11月15日
   オフピーク:11月16日 - 3月31日
・営業時間
   5月1日~11月15日:7~19時
   11月16日~4月30日:8~18時
諾日朗瀑布

幅270メートルと中国一の滝幅を誇る諾日朗瀑布。標高2365メートルにあり、落差は24.5メートル

■2017年8月の九寨溝地震以降の入場規制について
2017年8月8日、M7.0の地震が九寨溝を襲い(九寨溝地震)、25人の犠牲者を出したほか、九寨溝の一部で地滑りや湖の決壊などを起こした。一例として、芦葦海、双龍海、諾日朗瀑布の一部が崩壊し、火花海が干上がり、熊猫海が濁るといった被害が報告されている(一部はすでに回復)。

長らく閉鎖されていたが2018年3月に部分公開がはじまり、九寨溝黄龍空港も再開され、ツアーも催行されている。ただし、1日2000人の入場制限があり、入場は団体ツアー客限定で、個人旅行者は受け入れていない。九寨溝を訪ねたい人は日本あるいは現地の旅行会社のツアーに参加する必要があるので問い合わせてみよう。

[関連サイト]

九寨溝への道

九寨溝、芦葦海

全長2.2キロメートルにわたってつづくアシの海、芦葦海

■エアー&ツアー情報
九寨溝の最寄空港は四川九寨黄龍空港(松潘空港)で、九寨溝まで約90キロメートル、黄龍まで約50キロメートル。同空港へは成都・西安などから直行便が出ているが、成都から向かうのが一般的。成都へは成田や大阪から直行便が出ているほか、北京・上海・広州・ソウルなどを経由するさまざまな便がある。

四川九寨黄龍空港へは格安航空券で6.5万円ほどから、成都へは3.5万円ほどから。日本から九寨溝へのツアーは6日間15万円ほどから。ツアーは近郊の世界遺産「黄龍の景観と歴史地域」を同時に訪ねるものが多い。

■成都からのアクセス
九寨溝は直線距離で成都の北300キロメートルほどにあり、飛行機かバスで移動する。飛行機だとわずか40分程度であるのに対し、バスだと8~10時間かかる。ただ、標高500メートルの成都から3000メートル前後の山岳を抜けるので、バスの窓から高山風景やヤクがたわむれる草原、深い針葉樹林、山水画のような渓谷、チベット族の村々といった絶景を眺めることができる。

四川九寨黄龍空港から九寨溝までバスで1時間半前後。九寨溝と黄龍の間は3時間ほどのバスで結ばれている。
九寨溝、箭竹海

美しい竹林と倒木で知られる箭竹海。この辺りは標高2618メートルに達する

■周辺の世界遺産
九寨溝の南50キロメートルほどに世界遺産「黄龍の景観と歴史地域」があり、一度の旅行で両方を訪ねる人が多い。

成都の周辺には多くの世界遺産があり、北西60キロメートルほどに「青城山と都江堰水利施設」の青城山や都江堰がある。青城山は「四川ジャイアントパンダ保護区群」にも登録されており、さらに北西には臥竜、小金四姑娘山、四姑娘山など世界遺産のジャイアントパンダ保護区や名勝区が点在している。

成都の南130キロメートルほどには「峨眉山と楽山大仏」、南東200キロメートルほどには「大足石刻」がある。
 

九寨溝のベストシーズン

ゴールデンモンキー(キンシコウ)

『西遊記』孫悟空のモデルともいわれるゴールデンモンキー(キンシコウ)。ハーレムを形成し、時に数十~数百の群れになる

季節は日本と同じ。麓の町の夏の平均最高気温は28度、最低は22度、冬の平均最高気温は8度、最低は2度。東京とかなり近く、夏は30度を超えることもある一方、冬は氷点下にまで落ち込むこともある。

ただ、100メートル登るごとに気温は0.6度下がるといわれるように、山地に登るほど寒くなる。九寨溝の観光地は場所によっては2500メートル近くになるので、上の気温より数度下がることになる。また、四川九寨黄龍空港や世界遺産「黄龍の景観と歴史地域」は標高3500メートル近くにあるので、一緒に訪れる人は高山病にも注意が必要だ。必要な人は医師に相談しておこう。

年間降水量は東京の半分ほどと少ないが、1年中ある程度の雨は降る。雨が多いのは5~8月だが、天気がよい日も少なくない。12~2月には雪が降ることもある。

一般的には草花が咲く春、雪解け水がもっとも増える夏、紅葉が美しい秋の3シーズン、5~10月がベストとされている。寒さのため冬の九寨溝を訪ねる人は少ないが、雪の峰や凍結した滝など見どころは少なくない。
 

世界遺産基本データ&リンク

九寨溝、樹正群海

湖が連なる初秋の樹正群海。赤や黄の葉が湖や空の青と強烈なコントラストを描き出している

【世界遺産基本データ】
登録名称:九寨溝の渓谷の景観と歴史地域
Jiuzhaigou Valley Scenic and Historic Interest Area
国名:中華人民共和国
登録年と登録基準:1992年、自然遺産(vii)

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※海外を訪れる際には最新情報の入手に努め、「外務省 海外安全ホームページ」を確認するなど、安全確保に十分注意を払ってください。

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