突然のレースデビュー決定! 日本の至宝、小林可夢偉
2009年のF1グランプリもブラジルGPとアブダビGPの2戦を残すのみとなった。チャンピオン争いの行方も楽しみだが、唯一の日本チーム「Panasonic TOYOTA Racing」から日本人F1ドライバーがブラジルGPに急遽参戦することが発表された。
シンデレラボーイの名は小林可夢偉(こばやし・かむい)、23歳。
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小林可夢偉とトヨタF1チームの面々 【写真提供:TOYOTA Motorsport】 |
その発表は突然だった。東京・お台場で開催されていた都市型モータースポーツイベント「モータースポーツジャパン」のトークショー中に、山科忠トヨタF1チーム代表の口から「ブラジルGPでティモ・グロックに代わって小林をレースドライバーに起用」との発表がなされ、同チームは早速プレスリリースを全世界へ向けて配信した。
日本GPの予選中に負傷したレギュラードライバーのティモ・グロック(ドイツ出身)が病院で精密な検査を受けた結果、新しい負傷箇所が発見されドクターストップがかかり、彼の代役として小林可夢偉が出場することになった。小林は日本GPでも風邪で高熱を出していたグロックの代役として金曜日のフリー走行を代役出場したが、ブラジルGPでは正式なレースデビューを飾る。
今回は小林可夢偉のこれまでのレースキャリアをご紹介していこう。
トヨタが最も期待を寄せる若手ドライバー
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フォーミュラトヨタ時代の小林可夢偉。まだあどけない表情が残る当時17歳だ。 【写真提供:TOYOTA Motorsport】 |
小林可夢偉は兵庫県尼崎市の出身で、96年にレースデビューを飾った1986年9月13日生まれの23歳だ。レーシングカートの全日本カート選手権で目覚ましい活躍を見せたのち、トヨタの若手ドライバー育成スクール「フォーミュラトヨタレーシングスクール」を受講。当時、彼は弱冠15歳という年齢にも関わらず、見事に同スクールでフォーミュラカーレースへデビューするためのスカラシップを獲得した。
小林は16歳になるとレーシングカートで一定の成績を残したものだけに与えられる「限定ライセンス」を取得し、1600ccエンジンを搭載する育成フォーミュラカーレースの「フォーミュラトヨタ」にデビュー。2003年には全国のサーキットで中嶋一貴と熾烈なチャンピオン争いを展開し、ランキング2位を獲得した。
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| フォーミュラトヨタ時代の小林可夢偉の走り。中嶋とのバトルは自動車普通免許取得前の2人による争いだったこともあり、今も日本の国内レースファンの間では鮮烈な記憶として刻まれている。【写真提供:TOYOTA Motorsport】 |
その翌年の2004年、フォーミュラトヨタの王座を獲得した中嶋一貴は国内の全日本F3にステップアップしたが、小林は単身ヨーロッパへと渡った。