戦後復興期東京オリンピック前に21倍の大相場
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| 東京オリンピック前の日本 |
1950年日経平均はわずか85円でした。その後、朝鮮戦争特需などで経済発展が続き、1955年には戦前の水準に復興し、その後高度な経済成長を遂げました。エネルギー資源は石炭から石油へと転換していき、諸外国に比べて安い労働力と「1ドル365円」という固定相場制の元でソニーや本田、松下などその後日本を代表する企業が続々と輸出競争力を高めていったのです。
ちなみに1955年当時の松下電器は売上が220億円に過ぎませんでした(現在は9兆円)。日本国内の国民生活が日々劇的に変化していく中で、高品質の家電製品を供給して成長して行ったのです。
池田内閣による所得倍増計画が打ち出され1961年には日経平均は1829円まで上昇して行きました。1950年から1961年までなんと日経平均の指数は21倍となったのです。
東京オリンピック前の四年間は上昇の反動で調整
しかし、この時をピークにして東京オリンピックの1965年まで日経平均は1020円まで約4年間の調整を入れていくことになりました。
1950年から1965年までは東京オリンピック前のまさに日本が戦後立ち上がりまともな生活へとようやく向かい始めた時期といえましょう。1961年から始まった所得倍増計画は農業の近代化、高速道路など社会資本の充実などをテーマにして、日本国民全体が戦後復興に向けて一丸となった時代です。GDPは毎年10%以上の経済成長を遂げ、1961年から1967年までで所得は倍増させることが出来、活発な消費の原動力になって行ったのです。
株価は高度成長ど真ん中の中、11年で21倍になった後、44%の下落相場で下落に歯止めがかかり、その後の息の長い上昇相場へと移って行ったのです。
東京オリンピック時をスタートにその後バブル時代まで長期上昇相場へ
高度成長ど真ん中の中では、やはり株価は日本の例を見ても大きく上昇していき、多少の調整はあっても一生その値段にまで戻ることはなかったのです。つまりその時代で購入できた株価で購入することを逃してしまえばその後は二度とそのような値段で購入することは出来なかったといえましょう。当然銘柄によって格差はございますが・・・。
ご存知のように1989年のバブルまで年々上昇を続けていきます。1965年の1020円から1989年の38900円まで24年かけて38倍になっていったことは歴史的な事実です。このような上昇をたどったのが日本の高度成長時代でしたが、中国はどうでしょう?
日経平均は38倍でしたが、中国株は?