葬儀・お墓

ガイド:吉川 美津子

プロの葬儀&仏事関連スタッフを育成など、葬礼に関する業界で活躍し続けている。

 

掲載日: 2007年 06月 11日

喪服はなぜ黒いのか?

喪服はもともと白かった

中国や韓国、ベトナムなどのアジア諸国でも「喪服は白」が一般的(白を着用するのは遺族のみ)。
中国や韓国、ベトナムなどアジア諸国でも「喪服は白」が一般的。
現在では黒を着用することが一般的な喪服ですが、長い日本の歴史を紐解けば、喪服は白→黒→白→黒と変わっています。
時代劇の切腹シーンなどを思い起こしてください……みな白装束を着ていますよね。そう考えればさほど違和感がないかもしれません。

「日本書紀」などの古代の文献によると、その頃の喪服は白であったという記録が残されています。それが平安時代、718年に発令された養老喪葬令で「天皇は直系二親等以上の喪の際には、墨染めの色を着用すること」と定められたのがきっかけで、黒の喪服が少しずつ広まり、平安後期には一般的に黒が着られるようになりました。

ところがその後、室町時代にまた白が復活します。その理由はまだ解明されていませんが、「日本服喪史 古代篇ー葬送儀礼と装いー」著書の増田美子さんは、平安時代以降黒の喪服を着用したのは上流階級だけで、庶民は一貫して白のままだったのではないかと推測しています。白い布を黒く染めるには染料も必要ですし、それだけ手間もかかります。庶民が守り続けていた「白」の伝統が、貴族文化の影響力が薄れてきた室町時代に上流社会にも復活し、黒の喪服がなくなっていったのではないかと考えられます。

このように、一部の人の間で喪服に黒の衣装を着用した時代があったとはいえ、長い日本歴史の中では「喪服は白」が主流でした。その伝統が崩れたのは明治に入ってから。明治維新をきっかけに、欧米諸国の影響を受けて黒の喪服がお目見えしますが、明治30年の皇室の葬儀の際に、政府は列強諸国の国賓の目を気にして黒に統一されたのがきっかけで、後に皇室の喪服は黒と正式に規定されるようになりました。

それでも、一般庶民が喪服に黒い服を着用するのはまだ先の話になります。第二次世界大戦中から戦死者を送る葬儀が多くなって需要が増えると、貸衣装店は汚れやすい白ではなく汚れが目立たない黒を揃えるようになりました。手入れのしやすさや、欧米諸国の影響もあり、戦後は急速に黒い喪服が広まっていくことになります。

次ページでは喪服の基本マナーについて紹介します。

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