社会ニュース/よくわかる政治

イラクの国境はなぜ直線?

なんでイラクの国境線ってあんなに直線が多いのでしょう? ここにイラクの複雑な宗教、民族問題が絡んでいるようです。これを乗り越えてイラクに平和は訪れるか?

執筆者:辻 雅之


(2003.04.11)

1ページ目 【イギリスとフランスが机の上で書いた国境線】
2ページ目 【意外と多民族他宗教な国家、イラク】
3ページ目 【最も難関、クルド人問題の解決】

【イギリスとフランスが机の上で書いた国境線】


こちらも要チェック! 政治についての基本知識と基本用語

「バグダッド解放」。昨日までサダム、サダムと叫んでいた人々が一転してフセインの銅像を引き倒す。印象的な光景でした。

フセイン政権の崩壊と圧倒的なアメリカの勝利。これでイラクは平和を取り戻すことができるのでしょうか。

そうおもってあらためてイラクの地図を見てみると・・・このあたりって、やたらと直線の国境が多いですよね。

1914年~18年の第一次世界大戦まで、このあたりはかつての世界帝国、オスマン‐トルコの支配地域でした。トルコは敗戦した同盟国についていたので、終戦後、トルコの支配地域の分割が、英仏ら連合国列強によって行われたのでした。

そこで、イギリスとフランスの利益がもっぱら優先されて、その綱引きの結果、このようにやたら直線の多い、まるで定規でひいたような国境ができたのですね。



実際、このあたりは地元の豪族たちがトルコの許可を得てそれぞれの地域を支配していました。それをむりやりイギリスとフランスが分割し、「委任統治」することになったのですね。

その結果、イラクは宗教や民族がいろいろ複雑にからみ合う国家になってしまったのでした。
  • 1
  • 2
  • 3
  • 次のページへ

あわせて読みたい

あなたにオススメ

    表示について

    カテゴリー一覧

    All Aboutサービス・メディア

    All About公式SNS
    日々の生活や仕事を楽しむための情報を毎日お届けします。
    公式SNS一覧
    © All About, Inc. All rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます