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what's new! 最終更新日:9月27日
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9月4日更新
時代をつくるヒントを探れ! vol.1
「全力で仕事をするのは会社のためではない未来への自己投資だ」
藤田 晋 対談 江幡 哲也
藤田 晋
リーダー不在の時代だという。時代をリードするような人材がいつになっても台頭してこないという。だが、果たしてそれは本当のことなのだろうか。どんな時代であってもそこにはあえて激流に身を投じ、己の生命を燃焼すべく社会に挑戦する人間がいる。

第1回目のゲストは平成のジャパニーズ・ドリームを実現したサイバーエージェント藤田晋社長。リクルート・アバウトドットコム・ジャパン社長・江幡哲也が成功の秘密に迫った
江幡 哲也
藤田 晋
Guest Profile
(株)サイバーエージェント
代表取締役社長 藤田晋(29歳)

1973年福井県生まれ。97年青山学院大学経営学部卒業後、インテリジェンスに入社。98年3月に同社を退社し、サイバーエージェントを設立、代表取締役に就任。インターネットビジネスの営業代行からスタートし、クリック保証型のバナ−広告事業で急成長。その後もインターネット広告代理事業だけでなく、メルマガや懸賞サイトといったメディアコンテンツ事業を展開。2000年3月東証マザーズに株式上場を果たす。
江幡 哲也
今回のゲスト 藤田晋社長への一問一答
-----起業を決意した理由は?
入社1年が経過した頃に社内の別の人間に独立を誘われ、その話を当時の社長にしたところ、自分では足りない分を出資してもらえることになったから。
起業はなるべく早くしたいと考えていたので、いい機会だと思いました。

-----起業に関するリスクはどう考えた?
リスクを考えるより先にリターンに目がくらんでいた(笑)。と同時に、必死になって働いていれば、失敗してもそれがキャリアになり、次につながると思いました。

-----資本金はいくら?どう準備した?
勤務していた会社の社長に700万円を出してもらい、あとの200万円は私が、100万円は友人が出し、株式会社にしました。

-----起業してすぐに一番困ったことは?
人の問題。なかなかいい人が集まらなく、採用に苦労しました。

-----ビジネスソースはどのように見つけた?
営業する中で売れる商品を探し見つけていった。結果的には、「クリック保証型のバナー広告事業」が大きく成長するきっかけとなりました。

-----このビジネスモデルならいけると感じた瞬間は?
入ったばかりの新人営業部員でも、「クリック保証型のバナー広告事業」という商品は易々と売ってこれたので、これだと思いました。

-----起業してから一番の失敗は?
韓国への進出。提携先のパートナーとの関係に苦しんだ。その結果、早期に見切りをつけ、日本の事業に集中する結果となりました。

-----リラックス法は?
最近、あまり安らいでいない。結婚すれば安らげるかも!?

-----最近影響を受けた本は?
ソニーの出井伸介氏が書いた「ONとOFF」。要するに仕事は楽しくなければいけない、ということ。

-----今後の夢は?
日本を代表する会社にしていきたいと思います。

一件でも多くの顧客を訪問しようと始発で出社し、始業前には顧客先に向かっていた
▲ 江幡 藤田社長がサイバーエージェントを立ち上げられたのは24歳のとき。「クリック保証型のバナー広告事業」という新しいインターネット広告ビジネスで急成長を遂げ、2年後には瞬く間に東証マザーズに上場したのだから凄いですよね。
▲ 藤田 僕は小さな頃から事業家になりたいと思っていましたけど、これまでは順調に進んでこれたものだと思っています。そうはいっても、本当の正念場はこれから。気を引き締め直し、現場に檄を飛ばしていますよ(笑)。
▲ 江幡 藤田社長は、小さな頃から起業をお考えになられていたんですか?
▲ 藤田 ええ。漠然とながらも、大きなことを成し遂げたい、という思いがありましたから。だから一時は、ミュージシャンになることも夢見たのですけど、才能がね(笑)。それで、東京の大学に進もうと猛勉強したはいいんですが、大学に入学してからは逆に気がゆるんでしまって麻雀三昧。さすがに3年次にそれが原因で留年してしまってからは生活を改めなければと思って、事業家になる夢を思い出し、それには「スーツを着てする仕事だ」と、広告代理店でアルバイトを始めました。
対談の様子
▲ 江幡 具体的にはどんなことをしている会社だったんですか?
▲ 藤田 リクルート出身の方が起業された会社で、リクルートのライバル会社のようなことをしていました(笑)。この会社はバイトといえども、仕事の中身は社員と何ら変わりなかったのです。真夏に1日に100件もの飛び込み営業もやりました。仲間はそのきつさに耐えかね、どんどんやめていきましたが、僕は「こんな程度でへこたれていたのじゃ」と。だって、自分でいずれ事業をやろうと思っているのに、そんなに軟弱じゃ仕方ないでしょう。同時に、その会社は小さな会社だっただけに、経営をするということが身近に感じられたのはとってもよかったことです。
▲ 江幡 なるほど。リクルート出身者の会社で働いておられたのですか。それで、その後はどういった企業に就職されたんですか?
▲ 藤田 ベンチャーで、しかも伸び盛りのところでさらに経験を積みたいと、当時目覚しい成長をしていたインテリジェンスに決めました。ここでも、本当に必死に働いた。朝は始発で会社に来て、皆が会社に出社する頃にはすでに営業先に向かっていましたから。
▲ 江幡 始発で会社に来る。それは相当気合が入っていないと続かないものですよね。なぜそんなに頑張れたのでしょう?
▲ 藤田 僕はそんなに口がうまいほうではないので、営業も数で勝負するしかない。しかも、どうせ起業するからには少しでも早く、と思っていたので、そのチャンスをつかむためにもやれることはやっておきたい、自分への先行投資だと思ってがむしゃらに働いていました。
▲ 江幡 そのあたりのがむしゃらに働かなければ、という思いは、もしかしたら僕とも共通しているかもしれない。実は僕の家はとても小さいんだけど、会社を経営していましてね。計算してみたら、僕が35歳のときに親父は60歳になる。それで、もしも自分が会社を継ぐなんてことになったら、その時点で僕の会社員生活はジ・エンド。22歳で就職したとしても、13年しか会社員経験は積めない。だったら、年齢にとらわれず、分不相応な仕事ができる会社がいい、と思って、僕の場合、「起業」ということが最初から頭にあったわけではないんだけど、どうせなら世の中の仕組みを変えられるような大きなことをやってみたいと思って、リクルートを選びました。
まずは働く時間を「週110時間」と決め、その時間を埋めるために自分で業務を創出した
▲ 藤田 江幡社長は、入社してからすぐにどんな仕事に就かれたのですか?
▲ 江幡 僕は、ちょうどリクルートが通信自由化に伴って通信事業に力を入れ出したときに「理系枠」で採用されたんです。リクルートでは、その少し前からすでに「回線リセール」という商売をやっていたのですが、それはつまり、NTTから回線を買ってきて、小口で売るというだけのビジネスだった。
対談の様子
それでもリクルートには営業力があったので、売ることはできていたのだけれど、ビジネスを根本か ら見直さなければ、ということで企画されたのが「企業内内線電話サービスWATTS」。 このサービスは、企業の本支店・営業所があたかもひとつもビルの中にいるように電話ができると同時に、通信コストを大幅に削減できると言うもの。各社の社内ネットワークを共有で構築・活用していただくようなイメージです。大規模かつ重要なネットワークでしたが、立ち上げから携わり、ネットワーク設計を任されました。
▲ 藤田 新人に任される仕事としては、とてもスケールが大きいですね。
▲ 江幡 新規事業でしたし、会社としても初めての分野でしたので、仕事には新人も先輩もなく、そのころはほとんど会社に寝泊りしてましたよ。
▲ 藤田 そうやって、仕事に力を注ぎ、結果を出していくと、徐々に大きな仕事が任されるようになりますからね。だから、早い時点で「できる奴だ」という認識をもってもらえたらしめたもの。僕は初年度で粗利5000万円という額を稼ぎ出し、それが結果的に次のステージを作るきっかけにつながりましたから。「社外の方に誘われ、新しい会社を始めようと思っている」ということを当時、インテリジェンスの社長だった宇野さんに告げたら、「それなら、お前が社長をやれよ」ってね。「金は俺が出してやるから」と。
▲ 江幡 自分の働いていた会社の社長にお金を出してもらえる、というのは本当に仕事ぶりが認められたということなんでしょうね。
▲ 藤田 引き止めても、聞かないと思ったから、逆に協力しようと思われたのでしょう。普通であれば、独立したいと思ったって、資金がなく、それを貯めるだけでも10年といった年月が必要なわけでしょう。それを僕の働きを認めてくれて、援助してくれるというのだからやっぱり嬉しかった。それも会社のためというより、僕が自分のために精一杯時間と労力を注いできた結果だと思うんですよね。
▲ 江幡 それは今も変わらない?
▲ 藤田 気持ち的には(笑)。時間的には、独立当時よりは余裕ができてきましたね。というのも、独立当初、僕は事業の根幹に何を据えるかを決めない状態で、見切り発車してしまったんです。そんな状況だからこそ、その時、一つだけ決めたことがあった。それは、「週110時間労働」。これは平日18時間、土日は12時間働くと達成できるのですが、何も仕事がない中、これだけ働くのは、本当にきつい。昼は外に出て営業、営業。そして戻ってきてもまだまだ時間がある。だから、その当時の役員1人とアルバイト2人で、ああだこうだと話し合って戦略を練っていました。そうやって足を動かし、頭を働かし……、大きな時間的な先行投資があったからこそ、今があるのじゃないかと思うのです。

⇒ 『Vol2 時代の声を聞き、次回のニーズに合わせたものを売る。そのためには営業第一』に続く


藤田晋コメント 藤田晋、江幡哲也の両氏 江幡哲也コメント
Host Profile
(株)リクルート・アバウトドットコム・ジャパン
代表取締役社長 江幡哲也(37歳)

1965年神奈川県生まれ。87年武蔵工業大学工学部卒業後、リクルートに入社。大規模企業内通信ネットワークサービスの立ち上げに参加した後、96年にインターネット上のone to oneマーケティングメディア“キーマンズネット”を立ち上げるほか、社内でいくつかの事業を具現化した後、2000年米国About.Inc社とのジョイントベンチャーを立ち上げる。現在リクルート・アバウトドットコム・ジャパン代表取締役社長。
江幡哲也氏写真
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