デサント、シセイスト、メンズシセイスト…
オフィスではシマをひとつ挟んで向かい合う間柄。視線は合わさないまでも、PCからふと目を逸らすと決まってクールな表情と、折り目正しいスーツ姿の上半身が見える。さっぱりとした清潔感のある短髪に、毎日が下ろしたてのようなYシャツ。ネクタイは派手過ぎず地味過ぎず、オシャレ上級者の印象。時おり覗くきらりと光る白い歯はフロアの照明よりも眩しかったりする。でもその程度では、瀬素地さんの魅力を言い表せていない気がする。
そんなある日、成功に終わったプロジェクトの打ち上げの席で、私は瀬素地さんと隣り合わせになった。業務の絡みも少なく、いつもは正面しか見ない瀬素地さんの真横に初めて並んだとき、私はハッとさせられた。
「この人、90度だ……」
背すじがピンと伸びていた。まるで天高くそびえる高層ビルディングのような、まっすぐな背中。身長はそれほど高くなく、私ともそれほど変わらないはずのに、隣で話しかけようとすると私が見あげる形になる。この「姿勢の良さ」こそが彼の最大の魅力なのだと、私はこのとき初めて気がついた。そう、逆に言えば、私が猫背ぎみであることも。
瀬素地さんの背すじは、果たして地のものなのか、それとも何か秘訣があるのか。部署の違う先輩に「なんでそんなに姿勢が良いんですか」などと馴れ馴れしく聞くわけにもいかず、私はこっそり内偵を始めた。勤務時とそれ以外では違いがあるのか、社内の人間に見られるときだけ無理してるんじゃないか、例えばスーツの下にギブス的なもので矯正してるんじゃないか。彼の部下にあたる同期への聞き込みを中心にあらゆる可能性を疑った。けれど有力な情報は得られなかった。
好奇心を抑えきれなかった私はついに瀬素地さん本人に接触を試み、デスクに向かう瀬素地さんの背後にそっと近づいて、ラインのきれいな背中に意を決して話しかけた。彼はまるで私を待っていたかのように、視線をパソコンに向けたままポツリと答えた。
「嗅ぎ回っていたのは君か。僕はね、シセイストなんだよ」
シセイスト? 私は頭にハテナマークを浮かべて自分のデスクに戻り、昼食のラーメンをすすりながら、パソコンの検索画面に「シセイスト」と打ち込んだ。All Aboutのサイトが目に飛び込んで、それが何を意味する単語なのかをようやく理解した。仕事帰りに生活雑貨専門店の健康雑貨売場でお目当てのキャミソールを購入すると、私は嬉しさのあまり小躍りした。
「そうか、瀬素地さんはシセイストだったんだ!」
背中が曲がると負荷がかかり、姿勢の悪さを気づかせてくれるインナー。それが「シセイスト」の正体だった。強制的に補正するのではなく、あくまで「気づき」を得ることで正しい姿勢を意識するようになる、背すじが伸びるクセがつく。瀬素地さんのYシャツの中にそんな秘密が隠れていたなんて。なるほど、私の内偵は「外偵」に過ぎなかったわけだ。真実はシャツの内側にあった。
シセイストはメンズ用もレディス用もある。私は瀬素地さんのような背すじを目指して、毎日シセイストを着るようになった。やがて正しい姿勢が習慣になり、ラインのきれいな洋服を選ぶようになったり、きりっとしたメイクを好むようになった。家でだらしなく間食することもなくなり、以前なら諦めていたような事態をポジティブにとらえるようにもなった。このインナーシャツは、心の内側からも変化を与えてくれるらしい。
後日、今度は瀬素地さんの方から、私の背中に話しかけてきた。
「最近、キレイになったね」
私は後ろを振り返らずに、「おかげさまで」と背すじを伸ばしてクールに答えた。赤らめているだろう頬を見られたくなかったから。瀬素地さんのことが、もっと気になりはじめた。


